くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質 建築とは物質と人間との会話
東京ステーションギャラリーで開催中の「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」
建築家隈研吾が仕事を通じて対話を重ねてきた素材に着目し、建築設計やプロダクトデザインなどの蓄積を主要なマテリアル(竹、木、紙、石、土など)ごとに分類・整理することで、“もの” という観点から概観を試み、“もの” の開放によって、人の感覚や意識、そして環境を媒介する建築の可能性に迫る展覧会。
隈研吾のことば『建築とは、結局のところ物質である。物質と人間との会話である。世界という得体のしれない大きさなるものが、物質という具体的存在を通じて、人間と会話するのである』
竹、木、紙、土、石、金属、ガラス、瓦、樹脂、膜・繊維
これらのマテリアルで建築作品を分類した図はまるで系統樹。
膜・繊維について『ゼンパーは、編むという作業で建築が作られていることを看破したが、編む行為が最も純粋な形で行われると、布が誕生する。布のようなやわらかくて、ふわふわとした建築に、今、一番興味がある。
生物を観察してみれば、そもそも生物の体自体が、繊維の重層である。いくつものやわらかな繊維が重層して身体が構成され、さらにその身体の外側にも、衣服という繊維が重ねられる。さらにその外側に、繊維としての建築が重ねられ、服を着たり、脱いだりするように、建築が大きくなったり、小さくなったりすればおもしろいと思う』
石について『生物と生物以外との物との境界が消滅していくように感じられた。木は自分自身の枯れた死体を抱え込むことで、固く、強くなっていく。その意味では、木は半分、死んでいる。このプロセスをもう少し進めると石になる。だから石もしっかりと生きている。生と死の境は、意外なほどに曖昧である。建築とは生と死の境をさまよっていて、生と死が一続きのものであることを見せることすらできる』
なんて哲学的。
他にも『紙は液体としても存在し得る』とか『土は固体と液体と気体との間を漂っている』とか
深い思索に根差した詩。
展示でひときわ目を惹く「香柱(こうちゅう)」は、
視覚を超えた五覚の建築を目指した空間デザインで
香りをテーマとした竹ひごのパヴィリオン。
畳の香りが渦巻く効果の幻想的な美しい空間。
建築家は詩人で
建築はアートだと身体に染み入る展覧会。

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建築家隈研吾が仕事を通じて対話を重ねてきた素材に着目し、建築設計やプロダクトデザインなどの蓄積を主要なマテリアル(竹、木、紙、石、土など)ごとに分類・整理することで、“もの” という観点から概観を試み、“もの” の開放によって、人の感覚や意識、そして環境を媒介する建築の可能性に迫る展覧会。
隈研吾のことば『建築とは、結局のところ物質である。物質と人間との会話である。世界という得体のしれない大きさなるものが、物質という具体的存在を通じて、人間と会話するのである』
竹、木、紙、土、石、金属、ガラス、瓦、樹脂、膜・繊維
これらのマテリアルで建築作品を分類した図はまるで系統樹。
膜・繊維について『ゼンパーは、編むという作業で建築が作られていることを看破したが、編む行為が最も純粋な形で行われると、布が誕生する。布のようなやわらかくて、ふわふわとした建築に、今、一番興味がある。
生物を観察してみれば、そもそも生物の体自体が、繊維の重層である。いくつものやわらかな繊維が重層して身体が構成され、さらにその身体の外側にも、衣服という繊維が重ねられる。さらにその外側に、繊維としての建築が重ねられ、服を着たり、脱いだりするように、建築が大きくなったり、小さくなったりすればおもしろいと思う』
石について『生物と生物以外との物との境界が消滅していくように感じられた。木は自分自身の枯れた死体を抱え込むことで、固く、強くなっていく。その意味では、木は半分、死んでいる。このプロセスをもう少し進めると石になる。だから石もしっかりと生きている。生と死の境は、意外なほどに曖昧である。建築とは生と死の境をさまよっていて、生と死が一続きのものであることを見せることすらできる』
なんて哲学的。
他にも『紙は液体としても存在し得る』とか『土は固体と液体と気体との間を漂っている』とか
深い思索に根差した詩。
展示でひときわ目を惹く「香柱(こうちゅう)」は、
視覚を超えた五覚の建築を目指した空間デザインで
香りをテーマとした竹ひごのパヴィリオン。
畳の香りが渦巻く効果の幻想的な美しい空間。
建築家は詩人で
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