人魚の眠る家 篠原涼子の鬼気迫る演技にノックアウト

篠原涼子主演映画「人魚の眠る家」
東野圭吾作家デビュー30周年記念作品「人魚の眠る家」の実写映画化作品。
“人魚”とくれば人魚好きな私は観に行かねばなるまい(前記事:竜のかわいい七つの子 人魚禁漁区ほんのり切なく優しい

この後「人魚の眠る家」のネタばれを含むので注意してください。

とっても面白かった!
同じ東野圭吾作家デビュー30周年記念作品「ラプラスの魔女」みたいにSFホラーになったらどうしようとドキドキしていたけれど
そうじゃなかった。
「ラプラスの魔女」は植物状態、「人魚の眠る家」は脳死状態という
どちらも死生観に鋭く迫る問題作なのだけれど、
この「人魚の眠る家」はSFというよりもうほとんど現実。
今の技術注ぎ込めばきっと実現できてしまうかもしれない現実。
ほとんど現実の問題なのでめちゃくちゃ重くて暗くてつらいのに、
ラストはなんて爽やかで明るくて清々しい。
すごいなあ。

篠原涼子演じる母親の薫子が時に狂気じみて、
「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」の母親をふと思い浮かべて、
良くも悪くも母親の愛情はすさまじいと思い知らされる。
世間の偏見に遭いながらも、
最終的に薫子が娘 瑞穂の死を受け入れるまで 気が済むまで
薫子に寄り添う周囲が優しい。
脳死判定と臓器提供の話をする担当医師も優しい。
“死”とは科学的客観的なものではなくて遺された者の想いに委ねられている。

これから科学技術はますます発達して
ヒトの“死”もどんどん変わってくるだろう。
この映画で瑞穂が微笑むのを
『不気味、神への冒涜』ととるか
『画期的、科学技術の躍進』ととるか
意見の分かれるところ。
もっと飛躍してヒトのクローンがOKか否か、アンドロイドがOKか否か、
今までは漠然と抵抗があったけれどひょっとしてそれは
クローンやアンドロイドが世間から偏見を持って差別されるからと悲観的に思っていたからかも知れなくて、
石黒浩の小説「人はアンドロイドになるために」のように
偏見や差別がなければ、いや偏見や差別があってもそれに左右されなければいいのではないかとも思う。
もちろん人間同士でもまだ根強く差別しあっている現在の世界だから
楽観的かもしれないけれど。

映画冒頭の 少年が人魚のように眠る瑞穂を見つけるシーン、
ラストで見事に回収されてウルウル。


人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)
幻冬舎
2018-05-30
東野 圭吾

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